中矢伸一の「日々是弥栄」

「武士道精神」は失われてしまったのか

5月21日の本コラムにも書きましたように、青森県十和田市にある新渡戸記念館の廃館問題をめぐる差し戻し審で、仙台高裁は、判決までに双方が和解を検討するように勧告しました。

今回はその続きです。

 

高裁による和解勧告を受けて、十和田市側も、では和解案を出してくださいと言うので、新渡戸家側の代理人も、こういう条件であれば和解に応じられるという案を、「常識にのっとった」線で提示したのですが、市側は、「そんな条件はまったく受け入れられない」と一蹴してきました。

 

市側が全面的に折れない限り、今さら和解など無理に決まっているのですが、案の定、物別れに終わったということです

 

十和田市は、昨日19日に開かれた十和田市議会の第二回定例会において、和解の協議が不調に終わったことについて、説明を求められました。

 

要点だけ言いますと、畑山親弘議員からの質問に対して、西村副市長は以下のように答弁しています。

 

・市としては、旧新渡戸記念館は危険な建物であると認識しており、譲渡にあたって3000万円の解体費用や運営費などを求めるもので、常識的認識からかけ離れたものであった。

・市はこの建物(新渡戸記念館)を譲渡できない。

・市側に要請があったとしても、その様な条件で譲渡はできない。

・譲渡とは譲渡する側から条件を出すのが普通であり、譲渡される側がこの様な条件を出すなど市民にも理解できない。理解を得られないためこの様な条件の和解には応じられない。

 

そもそもこの問題は、十和田市が新渡戸記念館の建物の耐震性を診断した結果、著しい強度不足(手で押したら崩れるような)と判定されたので廃館にし、建物は取り壊すという決定を、新渡戸家との話し合いも持たずに、一方的に決議したことから始まっています。

 

その「耐震性に問題があり、危険な建物だ」と判断した診断法やデータに、あまりにも疑問点が多いものだから、第三者に委託する形で、もう一度耐震診断をしてもらいましょうよ、というところが争点であるのに、市側はかたくなにこれを拒否、市が行った耐震診断の判定で何も問題ないの一点ばりのため、ここまで来ているのです。

 

3.11の東日本大地震の時でさえ無傷だったのに、なんで段ボール並みの強度という判定が出るのか。市の説明はあまりにもおかしく、矛盾だらけです。

市は自ら行った診断の方法やデータに問題があることを認めているようなものです。

 

そもそも取り壊す必要などまったくない建物なのに、危険だから今すぐ廃館にして取り壊せという。

そして、新渡戸家の所蔵する文化財や史料は、すべて市に譲り渡せという。

こんなヤクザまがいの強引な市のやり方は、そもそもが約束違反ですし、理屈も通っていないわけですから、新渡戸家が呑めるわけがありません。

 

ところが市は、新渡戸家の方がかたくなに廃館決議を拒み、ゴネているように印象づけようとしているのです。

 

さらに驚くべきことに、市は「十和田歴史館」なるハコモノを新たに建設する計画を立てていることがわかりました。

 

令和元年~2年に基本構想策定、3年に基本設計、4年に実施設計、5年~6年に着工と進めていき、「令和7年春の完成を予定している」(丸井英子教育長)そうです。

 

もちろん新渡戸家には何の相談もないばかりか、十和田市民にも公にせず、こっそり進めている計画なのだそうです。

 

新渡戸家は、これまでずっと市とは良好な関係を保つ中で、記念館で十和田開拓の歴史を伝えて来ました。

にもかかわらず、突如として廃館決議を下し、新渡戸家が先祖代々所有してきたお宝を奪うために必死になる十和田市。

どこかの時点で、市政に「悪」が入り込んだのでしょう。

 

私が不思議に思うのは、なぜ市議会議員の中に、異論を唱える者が誰もいないのかということです。

皆、市長と副市長の言いなりであり、ただのイエスマンなのです。

市の職員もそうだし、地方紙もそうです。すべて、トップの言いなり。

反論を唱えれば、その人は地元では生きていかれないのです。

 

しかし考えてみれば、日本の中央政府とて同じようなものです。

皆、自分の将来さえ安定していればいい、ことさらに正義面して波風を立てたくないという事なかれ主義が横行しているから、日本はいつまでたっても変わることができないのです。

 

為政者が腐り切っていて、周囲もこれになびくばかりでどうしようもない場合は、どうしたらいいか。

それは、公のために命を惜しまず立ち上がるしかありません。

すなわち、武士道精神です。

まさに、新渡戸稲造博士の言う「武士道」の発動が、求められているのです。

 

いずれにせよ、7月10日に、仙台高裁で判決が下されます。

そこでもし、控訴人敗訴の判決が出た場合は、新渡戸家は即日、上告の手続きに入るそうです。

 

これは日本の一地方で起きている小さな問題ではなく、じつは日本全体が変わるためのきっかけとなる、大きな意義のある裁判なのです。