豪雨災害が起きるたびに思い出す神示
西日本豪雨による犠牲者が増え続けています。
台風7号の影響により、前線が南下して「戻り梅雨」になるという予報は聞いていましたが、まさかこんなことになるなんて、誰も予想していなかったことでしょう。
雨もようやく去り、天候は回復したものの、被災者の心の傷はなかなか癒えないでしょうし、完全復旧までの道のりは遠そうです。
こういう時こそオールジャパンで、国民一丸となって助けていく必要があると思います。
ですが関東では、テレビをつけても相変わらずくだらないバラエティとかグルメとかスポーツといった番組ばかりで、災害のことはほんの少ししか報じません。
首都圏の災害じゃないと話題性がないと思っているのでしょうか?
マスコミ各局の取材班が被災地に乗り込んで迷惑をかけまくっていることもネットで騒がれています。
中矢伸一事務所のTwitterでもリツイートしていますが、彼らの目的は真実を報道することではなく、数字を取ることです。
数字が取れなくなれば、何の手伝いもしないまま、むしろゴミを残して去っていく。
本当に、マスゴミはゴミですね。
といっても、現状は伝えてほしいですし、なかなかうまくいかないものです。
こういう未曽有の豪雨災害が起こるたびに思い出すのは、『下つ巻』第20帖にある次の神示です。
「いくら学力強いと申しても、百日の雨降らすこと出来まいがな。百日雨降るとどんなことになるか、臣民にはわかるまい。百日と申しても、神から言えば瞬(またた)きの間ぞ」
一方では、こんな神示もあります。
「天災地変は人間の心のままと申してあろう。豊作、凶作心のままぞ。今のままで行けばどうなるか、誰にもわからんであろうが、神示通りに出て来ること、未だ疑っているのか」(『黄金の巻』第92帖)
こうした神示を一人ひとりがどう受け止め、肚にきざみ込むか。
そこに、大切な分かれ道があると思います。