中矢伸一の「日々是弥栄」

「差別」や「平等」という言葉に騙されるな

全米各地で起きているBLMデモを見ていると、自分の意見というものを持っているように見えるアメリカ人でも、扇動されやすいんだなあと思います。

日本人の方がむしろ、こういう過激なデモとか行動には、扇動されにくいですよね。

民度の違いもあるかもしれませんが、自分には関係ないとか、よくわからないという人の方が多いということかもしれません。

 

それにしても、トランプ大統領が極左過激派テロ組織と認定した「ANTIFA」のデモとか主張などを見ると、こういうふうに「差別」とか「平等」とかいう、一見すれば誰でもその通りと思えるようなスローガンを掲げて社会を混乱に導く連中が、この世を乱してきたんだなあと痛感します。

 

当然、人種による差別はいけないことですし、男女は人として平等であるべきですが、そういう聞こえの良い言葉を表に立てて、裏では秩序や伝統を破壊し、最終的には国そのものを潰そうとたくらむ、悪魔のような人々がいるということです。

またそういう連中に何の疑いもなく騙されてしまい、自分たちが正義の行動をしていると本気で信じてしまう大勢の「善良な」人たちがいる。

日本国内にもたくさんいます。

 

日月神示には、ここのところが小気味いいぐらいにハッキリ書かれています。

 

「差別、則(そく)平等と申してあろう。取り違い禁物ぞ」(『冬の巻』全1帖)

 

「平等愛とは、差別愛のことぞ。公平という声に騙されるなよ」(『黄金の巻』第56帖)

 

「悪平等は悪平等ぞ。世界丸つぶれのたくらみぞ」(『黄金の巻』第88帖)

 

「平等とか公平とか申すのは悪魔の罠(わな)であるぞ、天地をよく見よ、人民の申すごとき平等も公平もないであろうがな、一寸伸びる草もあれば一尺伸びる草もあるぞ、一寸の草は一寸が、一尺の草は一尺が頂天であるぞ。これが公平であり平等と申すもの」(『五葉之巻』第9帖)

 

「区別すると力出るぞ、同じであってはならん。平等でなくてはならんが、区別なき平等は悪平等である」(『月光の巻』第7帖)

 

こうした神示は、日月神示の後半部分にあたる「下巻」や「五十黙示録」に多く出されているのですが、日月神示を批判する人の中には、とくにこの後半部分を「偽物の神示だ」と決めつける人が多いのです。

さて、それはなぜでしょうか・・・?