<3月1日>

実学としての神道

「日月神示連続セミナー」が先日終了しました。
10月、12月、そして2月と三回にわたり、いずれも満席で、多くの方にお集まり頂き、
大変感激しております。
今回は「初級編」でしたが、皆さんのご感想などを後で伺うと、もっと日月神示の中身や、
霊的な話に踏み込んでいっても良かったのではないかと思いました。
そういう話にならなかったのは、あまり宗教的な話になってしまうと敬遠されてしまう
のでは、思ったこともありますが、私自身が、モロに「宗教的」な話や「精神世界」の話に
さほど興味を持っていないということがあると思います。

意外に思われる方も多いと思いますが、私が日月神示を研究したり、神道を勉強したり
するのは、そこに実学的要素があるからです。
つまり、個人や社会が実際に良い方向に変わっていくために訳に立つのか立たないのか
という目で見るからなのです。

「意識を変えましょう」とか、「アセンションしましょう」とか、まあ、ハッキリ言ってそうした話
は私にとってはどうでもいい──と言うと語弊があるかも知れませんが、そういうテーマは
私が扱うべき役割ではないと思っています。

今頃になって「意識を変える」とか抽象的なことを言われても、もはやそういう段階ではない
と思いますし、変えられる人ならもう変わっています。
今は、意識を変えたのなら、それからどうするか、という段階に入っています。
それが、「三四五(みよいづ=御代出づ)の仕組み」ということです。
要するに、私が興味あるのは“実学としての神道”であり、そのエッセンスとも言えるのが
日月神示なのです。